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大阪地方裁判所 平成7年(わ)360号 判決

主文

被告人Y1株式会社を罰金三〇〇〇万円に、被告人Y2を懲役二年にそれぞれ処する。

被告人Y2に対し、未決勾留日数中四〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人株式会社Y1(以下「被告会社」という)は、軽油引取税について特約業者及び元売業者以外の者で、大阪府茨木市〈以下省略〉に本店を置き、軽油の製造販売等を業とするもの、被告人Y2(以下「被告人」という)は、被告会社の代表取締役として、その業務全般を統括しているものであるが、被告人は、被告会社の経理責任者であったAらと共謀の上、被告会社の業務に関し、軽油引取税を免れようと企て、別紙一覧表1ないし19各記載のとおり、平成五年三月から平成六年九月までの間、被告会社が製造して譲渡した軽油の課税標準量は各月につき右一覧表記載のとおり(合計一八、八九〇キロリットル)であり、これに対する軽油引取税(税率は、平成五年三月一日から同年一一月三〇日までの間に譲渡の行われた分については一キロリットルにつき二万四三〇〇円、同年一二月一日から平成六年九月二〇日までの間に譲渡の行われた分については一キロリットルにつき三万二一〇〇円)は各月につき右一覧表記載のとおり(合計五億四九九一万二六〇〇円)であるにもかかわらず、被告会社の軽油製造所に設置された貯蔵タンクについて消防法上の許可を申請するに際し、右製造所がマシン廃油の精製施設であるとの虚偽の届出をし、また、譲渡した軽油に見合う架空の仕入を計上するなどの行為により、被告会社が軽油を製造譲渡していることを秘した上、平成五年四月三〇日から平成六年一月四日までの右一覧表各記載の各月分軽油引取税の申告・納付期限までに、大阪市〈以下省略〉所在の大阪府東府税事務所長に対し、軽油引取税納付申告書を提出せず、そのまま法定の申告・納付期限を徒過させ、もって、不正の行為により、軽油引取税各月分合計五億四九九一万二六〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)省略

注・以下において、証拠末尾の括弧内に記載した漢数字は、証拠等関係カード(請求者等検察官)の証拠請求番号を示す。

(事実認定の補足説明)

第一  争点

弁護人は、本件公訴事実について、後述のとおり、法律の適用に関する主張として、被告会社に軽油引取税の申告・納付義務はない旨主張する一方で、事実関係については、第一回公判期日の冒頭手続における被告事件についての陳述として、公訴事実を認める旨の被告会社代表者及び被告人の陳述と同旨である旨述べたものの、その後意見を変更し、被告人には脱税の犯意がなかった旨を主張している。

また、被告人は、捜査段階の当初、軽油は製造していない旨供述していたものの、その後、被告会社が被告人の指揮のもとに軽油を製造していたこと、軽油を製造・譲渡した場合には製造者に軽油引取税の申告・納付義務が課せられることは知っていたこと、このため、軽油製造の事実を隠蔽するために、軽油製造工場の貯蔵タンクについて消防法上の許可を申請するに際し、事業の概要を「マシン廃油の精製」と偽って申請するなどの工作を行ったこと、などの事実を供述するに至り、第一回公判期日の冒頭手続においても、各公訴事実はいずれもそのとおり間違いない旨陳述したが、その後供述を変更し、被告会社の製造していた油は、被告人がDAと名付けた高級重油であって、被告人には、DAが地方税法上の軽油に該当するという認識はなかったし、被告会社に軽油引取税の納付・申告義務が発生するとの認識もなかった旨供述している。

そこで、事実認定につき補足して説明する。

第二  被告会社による地方税法上の軽油の製造・譲渡の事実

一  被告会社による地方税法上の軽油製造の事実

まず、被告会社が、昭和六三年に設立された、軽油等の石油類の販売を業とする株式会社であること、被告人は、被告会社の設立以降、一貫して同社の代表取締役をつとめ、実質的にもこれを経営していること、などの点については、平成七年一月一九日付認証にかかる法人登記簿謄本(一五三)等の関係証拠より明らかである。

次に、司法警察員作成の検証調書(一〇)によれば、平成六年九月二一日司法警察員により、奈良県御所市〈以下省略〉に所在する軽油製造所とその付属建物(以下「御所工場」という。)に対して検証がなされたこと、御所工場は、屋外にある三基の貯蔵タンクと、これらタンクとパイプで繋がれた攪拌機やフィルタープレス機などを内蔵する工場一棟とその付属建物から構成されており、三基の貯蔵タンクのうち、南側に位置する比較的小規模の貯蔵タンク(右検証調書においては貯蔵タンク〈1〉として記載されている。)と、北側に並立する比較的大きな貯蔵タンク二基のうち、西側に位置する貯蔵タンク(右検証調書においては貯蔵タンク〈2〉として記載されている。)との二基の貯蔵タンクに貯蔵された重油が、パイプによって工場内に引き入れられ、攪拌機による攪拌やフィルタープレス機による濾過などの工程が加えられ、これを経てできた油(被告人はこれを「DA」と称しているので、御所工場で製造される右油を以下「DA」という。)が屋外にある第三の貯蔵タンク(右検証調書においては貯蔵タンク〈3〉として記載されている。)に送り込まれる構造になっていたことが認められる。

また、大阪府事務吏員B作成の臨検・捜索・差押てん末書(五)によれば、右検証と同じ日に御所工場で臨検・捜索・差押が行われ、屋外の貯蔵タンク〈3〉から石油類二リットルが差押番号一六として差し押さえられたこと、さらに、大阪府総務部課税課長作成の鑑定依頼書(写し)(六)及び大阪府事務吏員作成の「復命書」と題する書面(七)添付の社団法人日本油料検定協会綜合分析センター作成に係る分析結果報告書によれば、右の差押に係る油類につき、鑑定の依頼を受けた同センターがこれを分析したところ(試料番号三四番)、その結果は、比重〇・八三六一、分留性状九十パーセント留出温度三四〇・〇度、残留炭素分〇・〇六パーセント、引火点八九・〇度であったこと(地方税法上の軽油に該当する。)の各事実を認めることができる。

さらに、前記検証調書(一〇)やCの検察官に対する平成七年二月一五日付供述調書(八〇)などの関係証拠によれば、御所工場においては、A重油に活性炭を入れて攪拌した後、更に活性白土を加えて攪拌し、これを濾過したものに、今度は消石灰と活性炭を投入して攪拌し、濾過するという方法でDAを作っていたこと、以上の工程は、御所工場の操業を開始した平成四年一二月末ころから約一、二か月の試行錯誤の期間を経て確定したもので、DAの出荷を開始した平成五年二、三月ころから、右の検証を受けるに至るまで、同様の作業工程を行っていたこと、また、司法警察員作成の鑑定嘱託書(謄本)(一一)及び興亜石油株式会社取締役作成の「鑑定書の送付について」と題する書面(謄本)(一二)によれば、同社において、前記検証調書に記載された工程に沿って、A重油に同様の作業工程を加えるシミュレーションを実験したところ、工程を経てできた油は、地方税法上の軽油の要件を充たすものであったことの各事実が認められる。

そして、御所工場が、被告会社の設立した同社の工場であることは関係証拠より明らかであるから、以上の諸事実に鑑みれば、被告会社が、平成五年三月から平成六年九月まで、御所工場において、A重油に一定の工程を加える方法により、地方税法上の軽油(被告人言うところの「DA」)を製造していたものと認めることができる。

なお、弁護人は、平成六年九月二一日に実施された被告会社等に対する臨検・捜索・差押手続の中で差し押さえられた油類の中に、DAのサンプルと思われるにも関わらず、前記の大阪府事務吏員作成の復命書(七)によれば、地方税法上の軽油に該当しないと考えられるものがある旨主張し(弁護人作成の平成八年一一月一九日付証拠調請求書)、具体的には、登録番号「大阪○○あ○○○○」のタンクローリーから差し押さえられたものと、登録番号「大阪○○あ△△△△」のタンクローリーから差し押さえられたものがこれに当たる、と指摘する。しかしながら、「大阪○○あ○○○○」のタンクローリーから差し押さえられたものについては、御所工場において差押番号一七番として差し押さえられ(大阪府事務吏員B作成の臨検・捜索・差押てん末書(五))、番号三五番のサンプルとして検査に付された(前記大阪府総務部課税課長作成の鑑定依頼書(写し)(六))結果、地方税法上の軽油の条件を充たす旨の検査結果が出ている(前記復命書(七))から、右の指摘は失当である。また、「大阪○○あ△△△△」のタンクローリーから差し押さえられたものについては、確かに、平成六年九月二一日午後一時五五分ころ、大阪府高槻市〈以下省略〉所在の被告会社の営業所において右タンクローリーから差押がなされた(大阪府事務吏員D作成の臨検・捜索・差押てん末書(タンクローリー(登録番号「大阪○○あ△△△△」)におけるもの)(二一八))事実が認められるが、差押が昼過ぎに行われていることや、当日の右タンクローリー運転手に対する運転作業指示書(弁護人請求の第二三号証)によれば、右タンクローリーに対しては、右営業所からa株式会社まで「GO」一四キロリットルを運んだ後、モービル油槽所から右営業所までA重油を一二キロリットル運ぶよう指示されていたものと窺われること、さらに、前記臨検・捜索・差押てん末書(二一八)添付の現場見取り図に、「PM0:34入所」「1 A重油 4K」などといった記載がなされていることに鑑みれば、右タンクローリーは、A重油を右営業所に運び込んだところで右差押を受けたものと推認するのが相当であるから、右タンクローリーからの差押物をDAであるとする右主張の前提自身認めることができない。従って、弁護人の右主張はいずれも採用できない。

二  被告会社によるDA譲渡の事実

さらに、Cの前記検察官調書(八〇)等の関係証拠によれば、被告会社では、御所工場において製造したDAを、石油製品の販売業者である株式会社b(以下「b社」という。)やa株式会社(以下「a社」という。)に販売・譲渡していたこと、具体的な譲渡方法としては、DAを御所工場から直接、あるいは一旦、被告会社の従業員たちが「本社」と呼んでいる右営業所の敷地内にある地下タンク内に移し、ここから、被告会社の系列会社である株式会社c(被告人が代表取締役を勤める会社で、油類の運搬などを担当している。)のタンクローリーを使用して、DAをそのまま、あるいは、DAに、識別剤であるクマリン(後述)を除去した灯油を、最大でDA一二キロリットルに灯油二キロリットルの割合で混ぜ、販売先へ運搬していたこと、右運搬は、運搬品目や運搬先など、運搬に関する指示事項を記載した配車予定表を事前に作成しておき、各運転手はこれに従って運搬を行い、業務の終了後は、各運転手が、その都度、出発地、配達地や運搬品名、数量など、現に遂行した運搬の内容を運転作業日報に記載して、会社に提出する、という手順で行われていたことが認められる。

そして、司法警察員作成の平成七年一月二四日付及び同年二月一二日付各捜査報告書(一三、一四)等の関係証拠によれば、株式会社cから押収された運転作業日報には、右の各報告書に添付された各一覧表記載の運搬結果が記載されていたことが認められる。

運転作業日報は、前記のとおり、各運転手が、運搬業務遂行後に、その都度作成するものである上に、被告会社の経理責任者であったAの検察官に対する平成七年二月二八日付供述調書(一一一)によれば、右日報は、各運転手の給料計算の基礎資料ともなるものであったことが認められるから、その信用性は極めて高いものと評価することができる。

従って、以上の関係証拠によれば、前記捜査報告書添付の各一覧表に記載されたとおり、被告会社が、DAあるいはDAに灯油を混ぜた製品(以下「DA製品」と総称する。)を各販売先に販売譲渡した事実を認めることができる。

また、DAに灯油を混ぜた製品の性質については、司法警察員作成の平成七年二月一〇日付捜査報告書(八)、Cの前記検察官調書(八〇)及び被告人の検察官に対する平成七年三月六日付供述調書(一四一)等の関係証拠よれば、平成五年九月二四日ころ、DA及びDAに前記の割合で灯油を混ぜて作った試料を工業研究所に持込み、その検査を依頼したところ、いずれの試料についても、比重、分留性状九十パーセント留出温度、引火点の各要素において、地方税法上の軽油の要件を充たすことが確認された旨の事実が認められるところであり、残留炭素分についても、DA自身が地方税法上の軽油に要求される〇・二パーセント以下という要件を充たしていることや、右検査依頼の際、被告会社側では、試料の色相から、地方税法上の軽油に要求される右水準に達しているものと判断して検査項目からこの要素を除外したものであることなどの事実をも併せ考慮すれば、DAに上記の割合で灯油を混ぜた製品についても、地方税法上の軽油に該当するものと認めることができる。

三  まとめ

以上より、判示のとおり、被告会社が地方税法上の軽油(DAないしはDAに灯油を混ぜたもの)を製造・譲渡した事実を認めることができる。

第三  被告人の認識について

次に、以上に認定した、被告会社による地方税法上の軽油の製造・譲渡の事実に対する被告人の認識、さらに、右事実に基づく軽油引取税の納税義務に対する被告人の認識について検討すると、以下に認定する諸事実に鑑みれば、被告人は右の二点について、いずれも十分な認識を有していたものと認めることができる。

一  いわゆる「色抜き軽油」の存在とこれに対する軽油取扱業者の一般的認識について

被告会社からDA製品を買い入れていたb社やa社の関係者など、軽油の取引に関係している業者の供述調書によれば、軽油の流通に関しては、次のような事情の存することが認められる。

まず、軽油の通常の流通経路は、輸入された石油を、地方税法に基づく自治大臣の指定を受けた元売業者が精製して軽油(地方税法上の軽油に要求される基準よりも残留炭素分などの点において幾分厳しいJIS基準を充たす軽油)を製造し、これを、同様の指定を受けた特約業者が買い取り、b社などの石油製品販売業者は、右特約業者から軽油を購入してガソリンスタンドなどに販売する、というものであり、この際には、地方税法により、特約業者から販売業者へ軽油が譲渡される段階(地方税法にいう「引取り」)において軽油引取税の課税がなされ、具体的には、特約業者が特別徴収義務者となって、納税義務者である販売業者から、引取量に応じた軽油引取税を徴収の上、課税当局に納める、という仕組みになっている。このため、軽油引取税を徴収された販売業者は、右税額を製品である軽油の売値に上乗せして軽油を販売し、最終的には、その消費者が実質的な税負担を負うことになる。

ところが、販売業者の側には、常に、軽油を安く仕入れたい、という需要が存在する。そこで、これに対応して、右の正規の流通経路とは外れたところで、軽油引取税の納付を免れることで値段を安く設定した軽油を販売しようとする動きが現われてくる。それが「色抜き軽油」と呼ばれるものである。

「色抜き軽油」というのは、A重油などから炭素分などを除去することによって作られた、その性質及び色相において通常の流通経路で取り引きされる軽油に匹敵する(従って、地方税法上の軽油にも該当する)油のことであり、この「色抜き軽油」の場合には、上記のような通常の流通経路とは異なり、元売業者の指定を受けていない業者である、「色抜き軽油」の製造業者から石油製品販売業者に直接譲渡され、販売される、という流通経路をたどる。

もっとも、右のような経路をたどったところで、「色抜き軽油」については、地方税法七〇〇条の四第一項五号により、その製造・譲渡が上記「引取り」とみなされ、譲渡者(製造者)が軽油引取税を納付しなければならないことになっている。従って、正当な課税処理を行うとすれば、製造者は、自分の納める軽油引取税の額を、譲渡する軽油の値段に上乗せして譲渡することになるから、販売業者としては、この場合もやはり軽油引取税の上乗せされた軽油を購入することになる。しかしながら、この「色抜き軽油」の場合には、石油の精製品である重油を仕入れ、これに一定の工程を加えて色抜きをするため、製造業者の利益と軽油引取税をこれに上乗せすると、上記のような通常の経路をたどる軽油よりも単価が高くなってしまうのである。つまり、石油製品販売業者としては、正規の納税処理がなされた場合には、残留炭素分などの品質において、特約業者から購入する軽油に劣っている「色抜き軽油」を、しかも、これよりも高い値段で購入することになってしまうのである。

それにもかかわらず「色抜き軽油」が取り引きされるのは、上記のような適正な課税処理がなされず、軽油引取税が値段に上乗せされるということにもないため、その値段が、通常の経路で流通する軽油よりも安く設定され、石油製品販売業者からみれば、軽油を安く仕入れることができるからである。また、「色抜き軽油」の製造者の方としても、本来であれば、軽油引取税を上乗せしなければならないため、価格競争力がなくなってしまうはずの軽油を、軽油引取税を納めないことで、通常の軽油よりも安く価格を設定することが可能となり、このため、販売業者によく売れる、というメリットがもたらされることになる。こうした事情から、このような「色抜き軽油」の製造、流通がなされることになる。

つまり、「色抜き軽油」というのは、製造者においても、また、これを購入する石油製品販売業者においても、当初より、製造者が自分に課される軽油引取税を納付せず、従って、売値に税を上乗せしないで販売することを前提として取り引きされているものなのである。

そこで、こうした「色抜き軽油」の存在やその課税関係について、石油製品販売業者など、軽油の取引に関わる業者において、どのように認識されていたか、という点について検討すると、軽油製造等の事実を認めるに至った後の被告人の捜査段階における供述調書をも含め、軽油関係業者の供述調書においては、右のような「色抜き軽油」が右に述べたような脱税を前提として流通している製品であること、しかも、本来はその製造者において軽油引取税を納付しなければならないのに、これを製造者が納付しないことが前提となっている商品であることについて、いずれも十分に認識されていた旨、一致した供述がなされている。そして、その認識内容とされる課税関係は、現実の税法上の取扱いと一致するものであり、税負担の問題が、業務に直結する切実な問題として、関係業者の関心も高いものと推察されることからすれば、そうした税法上の取扱いに関する知識が関係業者間に普及しているということは、極く自然なことと考えることができる。従って、「色抜き軽油」の存在やその課税関係に対する業界の一般的な認識について関係者の述べるところは、十分に信用することができる。

これに対し、被告人は、第四回公判期日以降の当公判廷において、軽油引取税は、軽油を、陸上を自走する機械の内燃機関の燃料として消費した場合に、その消費者、あるいは、そのような用途に消費されることを知りつつ、その消費者に軽油等を売り渡した者に課せられるのであって、「色抜き軽油」の製造者が軽油引取税の納税義務を負うことはない旨を主張し、さらに、それが「業界の常識」であるかのような供述をしている。

確かに、軽油引取税は、道路に関する費用に充てるために課税される目的税(地方税法七〇〇条)であり、その基本的な発想は、道路の利用者が、その補修維持に要する費用を負担すべきである、というものであるから、陸上を自走する機械の内燃機関の燃料として消費した者が軽油引取税を負担すべきだ、という被告人の主張にも、一定の根拠がないわけではない。しかしながら、現実の地方税法は、そうした発想に立脚しつつも、実際には、課税の合理化などの理由から、上記のとおり、流通経路において実際の消費より数段手前の、指定業者の手を離れて石油製品販売業者に売り渡される点を捉えて課税することを原則とし、さらに、税負担の回避を防止するため、軽油製造者に対するみなし課税などの制度を設けているのである。そして、現に油類の流通に携わっている業者からすれば、税の基本的な発想や理屈ではなく、この、現実に執行されている法の仕組みこそが知識として重要なのであるから、細かい税法の解釈や運用について誤解している、ということはあり得ても、いわゆる「色抜き軽油」の納税義務者は誰か、といった、税法の明文上明らかで、誤解の余地の少ない問題について、実際の取扱いと全く異なる取扱いが業者の一般的な認識として流布している、という事態は到底考えることはできない。

しかも、右のような被告人の主張は、第四回公判に至って初めて主張されたものであり、御所工場において生産していた油は軽油ではない、工場は被告人個人の経営するものである、などとして、脱税の容疑を否認していた捜査段階の当初においてすら、このような主張がなされていたという形跡は認められないのである(なお、弁護人は、被告人が、司法警察員に対する平成七年二月二〇日付供述調書(一一九)において、それまで被疑事実を否認していた理由として、色抜き軽油の製造・販売による脱税額については、被告会社はその一部を利益として得ているに過ぎないのに税法違反の責任を負わされ、色抜き軽油の購入によって多額の利益を得ているb社やa社に何らの納税義務や処罰が課されない地方税法という法律に対し、疑問と不満を持っていたからであると説明している部分を捉えて、被告人は捜査段階から既に、第四回公判期日以降における公判供述と同旨の供述を行っているかのような主張をしているが、右の指摘に係る被告人の供述が、製造者に課税されることを前提としながら、その不当性を訴える内容であるのに対し、被告人の公判での主張は、軽油引取税について独自の見解を主張し、製造者への課税自体を否定しているのであるから、これを一貫した主張と解釈することはできない。)

従って、被告人の右供述は、他の関係証拠に照らし、到底信用することはできない。

以上より、本件当時における、軽油取引に関わる業者の一般的な認識としては、「色抜き軽油」という脱税を前提とした製品が存在し、流通していること、「色抜き軽油」については、その製造者に納税義務が課せられていることが、いずれも十分に理解されていたものと認めるのが相当である。

なお、弁護人は、色抜き軽油の販売について脱税が発覚した場合には、これを軽油として販売し、利益を得ている石油製品販売業者が納税するというのがこの業界での常識である旨主張する。右の指摘が弁護人の主張全体の中でどのように位置づけられているのかは必ずしも明らかではないが、右にいう「脱税が発覚した場合」というのが、石油製品販売業者の脱税が発覚した、というのであれば、当該業者が納税するのは至極当然のことであり、「業界の常識」と称するまでもない。他方、製造者の脱税が発覚した、というのであれば、確かに、製造者による軽油引取税の脱税においては、その脱税額の利益全てを脱税者である製造者が享受するという関係にはなく、むしろ、脱税によるメリットを、製造者と購入者の双方が分け合うという関係にあるといえるから、製造者に課税処分がなされた場合、税法の問題ではなく、いわば情理の問題として、そうした製造者を、色抜き軽油で儲けた仕入業者が経済的に援助する、という業界慣行が存在していたとしても、それ自身はあながち不合理なこととはいえない。しかしながら、被告人の第四回公判期日以降の公判供述によれば、そもそも製造者に納税義務が課されることはないのであるから、製造者に対する課税は誤った課税ということになるが、そうした、誤った課税のなされることを前提とした「業界の常識」が存在しているというのは不合理である。また、被告人や弁護人が主張するように、製造者は納税義務を負わないのが業界の常識である、というのであれば、製造者に対する課税処分は、この常識に反する、予想外の事態ということになるが、誰もが起こらないと思っているような事態を想定した「業界の常識」が存在するというのは背理というべきである。つまり、弁護人の主張するような「常識」が存在しているとすれば、それは、製造者には税法上、軽油引取税の納税義務があり、従って、その脱税が発覚した場合には、脱税額の全額を納付せざるを得ない立場に立たされる、という前提があって初めて、合理的に意味のある業界慣行として理解できるのである。従って、そのような「常識」が実際にあるのかどうかは別として、たとえ、そのような「常識」が存在していたとしても、そのことは、業界においても、軽油製造者が納税義務を負うものと認識されていることを推認させる事情になりこそすれ、製造者には納税義務がないと考えられていることを推認させる事情とはなり得ない、というべきである。

二  御所工場におけるDA生産開始に至るまでの経緯

関係証拠によれば、以下の経緯が認められる。

被告人は、昭和四三年ころ、それまで勤めていた銀行を退職して、油類の仕入販売の仕事に携わるようになり、昭和四五、六年ころ、いわゆる「色抜き軽油」というものの存在を知り、昭和六二年ころからは、自らの設立した会社(昭和六三年の被告会社設立以降は被告会社。それまでは株式会社d。)で色抜き軽油を仕入れ、これをb社などの業者に販売するようになったが、平成四年の春ころ、色抜き軽油の仕入先であった業者との取引を相次いで中止したことに伴い、色抜き軽油の販売も中止することとなった。

被告人は、このころ、b社の取締役であるEの仲介で中古の濾過機二台を代金合計四〇〇万円で購入し(この濾過機は後に御所工場に設置され、DAの製造の用に供されている。)、平成四年七月ころには、御所工場の敷地を代金約四五〇〇万円で購入、同年一〇月には、建築会社との間で工場の建築請負契約を(建築請負代金は約四千万円)、同年一一月には、他の業者との間で配管工事の請負契約を(代金は約一千七〇〇万円)それぞれ締結し、御所工場を建設した。

御所工場での活動は、同年末ころから開始され、翌平成五年一月ころから、DAを生産し、b社などの販売先へDA製品を販売・譲渡するようになった。

以上の事実は、関係証拠からも明らかであり、また、被告人自身も、第八回公判期日において、これを認める旨の供述をしているところである。

さらに、工場建設の前後における被告人の言動として、被告会社の取引先会社の経営者であるFの検察官に対する供述調書(四二)によれば、平成四年ころ、被告人が右Fに対し、今度は自分で工場を立てて色抜き軽油を作ろうと思っている、どこかに良い土地はないか、と尋ねたこと、Eの検察官に対する平成七年一月三一日付供述調書(二一)によれば、平成四年夏ころ、被告人が右Eに対し、工場を作るので色抜き軽油の取引を再開して欲しい旨申入れたこと(なお、b社の取締役であるGは、同人の検察官に対する平成七年一月三〇日付供述調書(一九)において、平成四年のお盆のころ、Eから、被告人が色抜き軽油の製造工場を建設中で、また仕入れてくれと言っているとの話を聞いた旨供述しており、Gのこの供述は、Eの前記供述と相互に一致している。)、石油製品の販売業者で、被告会社からDAを仕入れていたHの検察官に対する供述調書(四三)によれば、被告会社が色抜き軽油の仕入れを中止した平成四年夏ころ、被告人が、右Hに対し、時折、「おれが直接やらなあかんな」「工場つくらなしょうがないな」などともらしながら、工場の敷地としてどこか良いところを紹介して欲しい、などと言っていたこと、Aの検察官に対する平成七年二月二三日付供述調書(九三)によれば、平成四年夏ころ、同女は、被告人から、それまで外から仕入れていた色抜き軽油を自社で作る意向である旨を伝えられたことの各事実が認められる。

また、被告人は、捜査段階において、被告人は当初より、DAの自社生産を目的として御所工場を建設したものである旨の供述をしている。

以上のような経緯及び事実、特に、被告人がおよそ一億円もの資金を投じて御所工場を建設し、完成後は一貫してDAの製造にこれを使用していることからすれば、当初よりDAの製造を目的として御所工場を建設したとする被告人の右供述は、客観的な事実経緯や自身の言動とも合致するものとして、十分に信用することができる。

従って、以上の検討よりすれば、被告人が、当初から、DAの製造を目的として御所工場を建設したことは明白というべきである。

これに対し、被告人は、当公判廷において、御所工場は、当初、機械油の精製を目的として設立したものである旨供述する。

しかしながら、被告人は、当初機械油の精製を目的として設立しながら、現実には、廃油の精製は全く行わず、DAのみを生産するに至った理由について、第五回公判においては、廃油が集められず、設備を遊ばせるわけにも行かなかったからだ、と説明しながら、第八回公判においては、廃油は集ったものの、工場が規格通りできていなかったために操業を開始できなかった、と相互に矛盾する説明を行っている(なお、工場が規格通りできなかったため、その補正工事のためにさらに完成まで数月を要した、という事実は、第八回公判における被告人供述においてのみ言及されている事実であり、捜査段階における被告人の供述にも、また、工場関係者や工場の設計を請負った業者らの供述にも、そのような事実は言及されていない。)。

しかも、被告人は、第八回公判において、右の説明に続き、工場が規格通り完成した後も当初の目的であった機械油の精製業務を開始しなかった理由について、機械油の需要が一年間の決まった時期に集中しているため、時機を失したからである、と説明しているが、検税第一係Iら作成の平成八年九月一一日付(二三〇)及び検税第一係I作成の平成八年九月九日付(二三一)各「復命書」と題する書面によれば、全国再生礦油連合会からの聴取によると、工場などにおけるマシン油の交換時期はばらばらであり、定期的に一斉に交換されることはない旨の回答が得られていること、また、モービル石油株式会社大阪工業支店における調査によっても、機械油の交換時期が特定の時期に集中するとの事実は見聞されていない、との回答が得られたことが認められるのであって、被告人の右説明は、その内容自身、信憑性に乏しいものと評価せざるを得ない。

従って、被告人の右公判供述は、一億円以上の投資をして御所工場の建設に踏み切りながら、当初目的の業務を何ら行うこともないまま、工場の完成後間もない時期に営業目的を変更したとする、その内容自身、納得し難いものである上に、その理由を説明する被告人の供述は、誠に説得力に乏しく、信憑性の低いものと判断せざるを得ないのであって、御所工場設立の目的が機械油の精製にあったとする被告人の供述は信用することができない。

以上よりすれば、御所工場の設立目的については、当初より、DAの生産にあったものと認めることができる。

三  被告人の、DAの品質向上に向けた努力について

被告人の義弟であるJ氏の検察官に対する供述調書三通(七三ないし七五)によれば、被告人は、平成四年秋ころ、軽油の識別剤であるクマリンの含有量を測定する機械を被告会社に購入するとともに、Jに対し、A重油に活性炭や活性白土等を混入して攪拌し、濾過することで試料であるA重油がどれだけ透明になるか検査する実験を行うよう依頼され、Jは、これに応じて、テストの報告書を作成し、実験の結果を被告人に報告していたこと、これと同時にクマリンの除去に関する実験も被告人から依頼されていたこと、実験の結果、平成五年二月ころには、薄黄色味かかった透明な状態にすることができるようになったこと、Cの前記検察官調書(八〇)によれば、御所工場においては、被告人の主導のもと、工場が操業を開始した平成四年一二月末ころから、A重油から炭素分を取り除いて軽油を製造するための実験が重ねられ、一、二か月を経過したころ、販売できる程度の軽油の性状が得られるようになったこと、同年九月二四日ほか数回にわたり、御所工場で製造されたDAやこれに灯油を混入した試料を検査機関に送り、比重や引火点など、その性状の検査の依頼がなされていること、b社の取締役であるGの検察官に対する平成七年一月三〇日付供述調書(一九)及びb社の関連会社で、b社の仕入れた軽油などの貯蔵管理を業務とするe株式会社の代表取締役であるKの検察官に対する平成七年二月三日付供述調書(二四)によれば、b社では、平成四年一二月末ころから被告会社の製造した色抜き軽油を仕入れたものの、当初は品質が悪かったため、被告会社に返品することも多かったが、平成五年三月ころからはその品質が安定し、順調に入荷するようになったこと、e社では、被告会社からb社が仕入れた色抜き軽油について、その色相や、灯油、重油との識別剤であるクマリンが除去されているかどうかについて検査を行っていたほか、不定期に、油を抜き取って検査機関に送り、比重などの点において軽油の条件を充たしていることを確認していたこと、などの事実を認めることができる。

以上の事実よりすれば、被告人が、DAの製造に向け、様々な試行錯誤を重ねつつ、その品質の向上に努力していたこと、また、DAを仕入れる側においても、仕入れた油の品質を厳しく管理していたこと、などの事情を看取することができる(いわゆる「色抜き軽油」が、軽油引取税の上乗せされた正規の軽油よりも安く仕入れることのできる点で、販売業者にとって経済的なメリットのある商品であることは前述のとおりであるが、業者がそのメリットを享受するためには、これを正規の軽油と同様の値段で販売できる、ということが前提となる。従って、色抜き軽油とはいえ、その品質・性状については、正規に流通している軽油と同様の水準のものが要求されることになるのであって、このような理由から、b社など、色抜き軽油を仕入れる側としても、仕入れた色抜き軽油の品質・性状を厳しく管理し、仕入れた商品がその水準に達していない場合には、これを返品する、ということになる。そして、仕入れ側の要求が右のように厳しいものである以上、これを製造・販売する側において、右の要求を充たすべく努力することが求められるのは当然であり、従って、以上のような被告人や仕入業者の行動は、色抜き軽油という商品の持つ性質それ自身に由来する行動と理解することができる。)。

また、前記の諸事実からは、被告人が、DAの品質を向上させるのと同様に、A重油からクマリンを除去することにも強い関心を示していたこと、また、DAを仕入れる側においても、クマリンの含有率を厳しくチェックしていたことなどの事実を認めることができる(関係証拠によれば、クマリンについては、次のような事情を認めることができる。クマリンとは、軽油引取税の脱税発見を容易にするために、平成三年ころから灯油とA重油に混入されるようになった識別剤である(元売り業者の製造する軽油には混入されていない)。例えば、正規の流通経路で軽油を購入した石油製品販売業者が、これに灯油を混入させて、いわゆる水増しをしてトラック燃料などとして販売した、という場合を例にとると、課税当局としては、そのトラックの燃料を抜き取り検査してクマリンを発見することで、その燃料が灯油によって水増しされたものであることを容易に看破することができる。また、重油が色抜きされて軽油が製造された場合も同様であって、この場合もやはり、クマリンの検出によって、当該軽油が重油から製造されたものであることを看破することができる。)

四  被告人によるDA生産の隠蔽工作について

(1) 消防法上の許可申請

中和広域消防組合消防本部消防長作成の捜査関係事項照会回答書(一五五)等の関係証拠によれば、被告人は、平成四年一一月二〇日、御所工場に設置する貯蔵タンクについて消防法上の許可を申請した際、事業の概要を「マシン廃油の精製」として申請し、許可を得た事実を認めることができる。そして、既に述べたとおり、被告人は、当初よりDAを製造する目的で御所工場を建設したものと認められるから、被告人は、右の許可申請に当たり、虚偽の内容を届け出た、ということになる。

(2) 帳簿上の記載

被告会社の経理を担当していたAの検察官に対する平成七年二月一一日付供述調書(九八)等の関係証拠によれば、右Aは、被告人の指示により、DAの製造に要するA重油の仕入れやDAの販売について経理処理する場合、被告会社がA重油を御所工場に送った場合には、被告会社がA重油を他社に売上げたかのように、御所工場からDAを運び入れた場合には、他社から軽油を仕入れたかのように帳簿記載し、あたかも、被告会社が他の会社からDAを仕入れているかのような形の経理処理を行っていたこと、b社にDAを売上げた場合には、振替伝票や売上集計表に、売上先として、「f社」なる架空会社の名称を記帳していたこと、などの事実を認めることができる。

(3) 架空の賃貸借契約書

被告人の検察官に対する平成七年三月八日付供述調書(一四三)によれば、平成六年春ころ、御所工場について、貸主を被告人、借主を斉藤幸美(被告会社の従業員で、平成五年四月ころから御所工場の工場長をつとめている。)とする、平成五年七月一日付の不動産賃貸借契約書が作成されたこと、右契約書は、被告人が、不動産業者に頼んで、契約書の書面を作ってもらったものであること、などの事実を認めることができる。

(4) その他

関係証拠によれば、被告人は、御所工場を表すのに、古田鉱業という名称を用い、また、工場の設立当初は、その名称の看板を工場に掲げていた事実を認めることができる。

五  軽油引取税の税率引き上げに伴うDAの値上げ

関係証拠によれば、被告人は、平成五年一二月一日から、軽油引取税の税率が、一キロリットル当たり二万四三〇〇円(地方税法七〇〇条の七、同法附則三二条の二第一項)から、一キロリットル当たり三万二一〇〇円(地方税法七〇〇条の七、同法附則三二条の二第二項)に引き上げられたのに伴い、b社などDAの販売先に対してDAの値上げを申入れ、その了承を得た事実を認めることができる。

六  まとめ

以上に認定した諸事実、即ち、軽油の取引に関しては、正規の流通経路を経て、軽油引取税が上乗せされて流通する軽油のほかに、色抜き軽油と呼ばれる商品があり、これについては、税法上その製造者に軽油引取税の納税義務が課せられるものの、軽油引取税を納付せず、従って、価格に上乗せしないことによって、正規に流通している軽油よりも安価で供給できることから、製造者も仕入れ業者も、ともに、色抜き軽油が、製造者の脱税を前提とした商品であることを認識しつつ、これを取り引きしていること、被告会社は、他社から色抜き軽油を仕入れてこれを石油製品販売業者に販売していたが、仕入先との取引中止により、色抜き軽油の仕入れができなくなったため、被告人は、自社で色抜き軽油を製造することを決意し、そのための工場として御所工場を建設した上、実験や検査を重ねて、品質・性状が地方税法上の軽油に相当し、しかも脱税の発覚を容易にするための識別剤であるクマリンをも除去した油を製造することに成功し、これをDAと称して、平成五年三月ころから、b社などの石油製品販売業者に販売・譲渡していたこと、被告人もDAの仕入れ業者もともに、DAの品質やクマリンの含有率に神経を尖らせていたこと、などの一連の事実に鑑みれば、被告人が、被告会社による地方税法上の軽油の製造・譲渡の事実、さらには、これにより被告会社が軽油引取税の納税義務を負うことについて、十分な認識を有していたものと推認することができる。

さらに、被告人が、御所工場のタンクに関する消防法上の許可を申請するに当たり、業務内容を偽って申請していることや、御所工場へのA重油の移送やDAの売上について、経理処理上、実体とは異なる処理をしていること、あたかも御所工場を他人に賃貸したかのような賃貸借契約書を作成していることなどの点については、被告人に右のような認識があったからこそ、これを隠すために右のような工作に出たものと考えるのが最も自然な捉え方というべきである。

被告人は、当公判廷において、御所工場を独立した存在であるかのように経理処理した点について、御所工場自体の収支を計算するためである旨説明している。しかしながら、そうした目的であれば、正規の帳簿処理をした上で、会社内部における検討資料として、そうした文書を作成すれば足りるはずである。従って、そうした副次的な目的があったことまでは否定しきれないとしても、それのみを目的として右のような経理処理を行ったと認めることはできない。

また、被告人は、不動産賃貸契約書について、第五回及び第八回の各公判において、御所工場の収益が思ったほどではなかったので、誰かに賃貸しようと思い、不動産業者に相談したところ、契約書の雛形を作ってくれたので、これを会社に持ち帰り、遊び半分で、借主を従業員の誰それ、連帯保証人を誰それと決めて、それぞれの欄に、従業員の氏名を借用して記入・捺印したものである旨説明する。しかしながら、右の説明は、右契約書が、貸主、借主から仲介者に至るまで、きちんとした押印がなされ、また捨て印もなされるなど、契約書が極めて精巧かつ適式に作成されているという客観的事実にそぐわない。しかも、右の契約書は、冒頭の部分において、既に貸主、借主の氏名が、手書きではなく、契約書の約定部分と同様の活字様の字体で印字されており、その形態から推し量るに、右契約書の書面は、当初から、貸主、借主を決めた上で、冒頭部分も含めワープロなどで作成されたものと推察することができるから、被告人の右説明は、契約書の現実の成立過程と齟齬するものといわざるを得ない。従って、被告人の右供述は信用できない。

さらに、被告人が、軽油引取税の税率引き上げに伴って、販売先にDAの値上げを申入れ、これを了承された事実は、DAがいわゆる色抜き軽油であり、被告人の側も、DAの仕入れ側も、色抜き軽油にまつわる前記のような課税関係を十分に認識していたことを前提にしてはじめて合理的に説明できる事実である。即ち、右に説明した色抜き軽油は、これを仕入れる石油製品販売業者からすると、軽油引取税の上乗せがなされていない、通常より安い価格で仕入れることができる一方で、販売においては、税の上乗せがなされた軽油と同様の値段で売ることができるところにうまみのある商品であることは既に述べたとおりである。そして、軽油引取税の税率引き上げは、正規に流通している軽油の値上がりを意味し、このことは、さらには、正規のものとして販売している色抜き軽油についても、同様に値上げがなされる、ということを意味する。従って、軽油引取税の税率引き上げは、色抜き軽油を正規の軽油として販売する業者にとってみれば、利益幅の拡大につながることなのである。そして、このような関係があるからこそ、被告人は、税率引き上げの際に、仕入れ業者の手元で拡大する利益の分け前を求めてDAの値上げを申入れ、また、これを受けた仕入れ業者の方も、この申入れを承諾したものと考えることができる。従って、右の事実も、被告人がDAについて、その税法上の位置づけを十分に認識していたことの証左と捉えることができる。

この点について被告人は、第八回公判において、DAの値上げは、冬期においては重油の色落ちが悪くなるため、色抜きするための薬品を増量しなければならなかったからである、と説明している。しかしながら、右の値上げは、冬期だけに限った値上げではないから、右の説明は、値上げの説明として不十分である。しかも被告人は、その最終陳述において、DAを値上げしたのは、DAが地方税法上の軽油に該当することを認識していたからではなく、税率の引き上げを値上げの口実に使ったに過ぎない旨供述し、先の説明とも異なる説明を行っている。従って、被告人の当公判廷における右の各供述はいずれも信用することができない。

以上に加え、被告人は、捜査段階において、DAが地方税法上の軽油に該当することや、本来製造者が軽油引取税を納めなければならないことについて十分な認識があった旨を供述しているのであり、この供述は、以上に認定したような事実経緯や色抜き軽油の商品としての特性に合致する、自然なものであり、十分に信用することができる。

これに対し、被告人は、右の認識をいずれも否定するが、被告人が、本件に至るまで、二〇年以上の長きにわたって石油製品の流通業界に身を置き、色抜き軽油を取り扱うようになってから数えても五年以上になることを考慮すれば、むしろ、色抜き軽油について、右のような知識のないことの方こそ、極めて考えにくいところといわざるを得ず、前記に認定した諸事実に照らしても、被告人の右供述は信用できない。

なお、弁護人は、脱税の事実とその認識を認めた被告人の捜査段階における供述調書について、任意性も信用性もない旨を主張する。しかしながら、右供述調書は、いずれも、第一回公判において、被告人及び弁護人より各公訴事実を認める旨の陳述がなされた上で、弁護人の同意を得、この上で適法な証拠調べのなされた書証である上に、関係証拠に照らしても、供述が任意にされたものでない疑いがあるとは認め難い。また、その供述内容は、前記のとおり、十分にその信用性を認めることができる。従って、弁護人の右主張は採用できない。

また、弁護人は、罪証隠滅工作について、被告人は、DAの大量供給が石油製品販売業者の行う脱税行為の幇助ともなり得ることから、当局による摘発を警戒して慎重に行動していたものであり、被告人に罪証隠滅的行動があったからといって、脱税の犯意が推測されるとするのは誤りである旨主張する。しかしながら、以上に述べたとおり、被告人の脱税の犯意については、被告人によるDA製造の秘匿行為のほか、様々な事実からこれを推認し得るところであるから、右の主張は採用できない。

第四  まとめ

以上よりすれば、被告人が、被告会社の製造するものが地方税法上の軽油に該当するものであることを認識しつつ、これを製造・譲渡し、さらに、右行為に伴う法的な効果として、製造者である被告会社に軽油引取税の納税義務が発生することを認識しつつ、その製造・譲渡の事実を隠蔽するための工作を行った上、所定の軽油引取税の申告納付をしなかったものと認めることができる。

(法令の適用)

被告人の判示1ないし19の各所為はいずれも平成七年法律第九一号附則二条一項本文により同法による改正前の刑法(以下「旧刑法」という。)六〇条、地方税法七〇〇条の二八第二項、第四項、七〇〇条の一四第一項五号、七〇〇条の四第一項五号に該当するところ、いずれの罪についても所定刑中懲役刑を選択し、以上は旧刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示16の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中四〇日を右刑に算入することとする。

さらに、被告人の判示1ないし19の各所為はいずれも被告会社の業務に関してなされたものであるから、被告会社については、判示各所為につきそれぞれ地方税法七〇〇条の二八第四項により同条二項所定の罰金刑に処すべきところ、以上は旧刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告会社を罰金三〇〇〇万円に処することとする。

(争点に対する判断)

弁護人は、被告会社は、製造したDAに灯油を混和して販売していたから、右の混和軽油は、地方税法七〇〇条の三第四項にいう「軽油に軽油以外の炭化水素油を混和して製造された軽油」に該当し、しかも、同条項が適用される場合には、混和軽油の製造者である被告会社ではなく、被告会社から混和軽油を仕入れ、これを販売していたb社らが納税義務を負うことになるから、被告会社に納税義務はなく、従って、被告会社及び被告人はいずれも無罪である旨主張する。

右主張のうち、地方税法七〇〇条の三第四項(以下「混和課税に関する規定」という。)が適用される場合には、混和軽油の製造者に納税義務が課されない、とする点の当否は別としても、確かに、軽油の製造者に納税義務を課する地方税法七〇〇条の四第一項五号(以下「製造課税に関する規定」という。)は、「前条に規定する場合のほか」製造者等に税を課することと規定されている(同条一項)から、製造課税に関する規定が、混和課税に関する規定を補充する関係にあることは文言上明らかであり、従って、被告人の行為が、同法七〇〇条の三にいう「混和して製造された軽油を販売した場合」に該当する場合には、製造課税に関する規定の適用はない、ということになる。

そこでまず、製造課税に関する規定と対照しながら、混和課税に関する規定における「軽油に軽油以外の炭化水素油を混和して製造された軽油を販売した場合」が、具体的にどのような場合を想定したものかを検討すると、同条項は、軽油の製造行為のうち、混和による製造のみを対象にしているほか、課税対象となる行為の主体を「特約業者又は元売業者以外の石油製品の販売業者」に限定していること、課税対象行為を、混和軽油の「販売」に限定していること(製造課税に関する規定では「譲渡」)、課税標準となる混和軽油の販売量について、課税済みの軽油を使用した場合には、混和の承認を受けることで、その分について課税標準からの控除を受けられる旨の規定が設けられていること、などの点において、製造課税に関する規定と異なっており、このような規定の相違に鑑みると、混和課税に関する規定は、石油製品の販売業者が、特約業者から課税済の軽油を仕入れ、これに灯油などを混和し、量を水増して、ガソリンスタンドなどに販売した、というような場合を主に想定して規定されたものと考えることができる。そして、混和課税に関する規定は、右のような立法趣旨からひるがえって考えると、軽油製造行為のうち、「混和」という、製造工程が比較的単純で、石油製品販売業者の手元においても行われ勝ちな製造態様を特に取り上げて、課税の対象にしたものと解釈することができる。

そこで、被告会社における製造・譲渡行為を具体的に検討すると、まず、DA譲渡事実認定の基礎資料となっている運転作業日報により、DAのみを運搬したと認められる場合については、右の点が問題となる余地はなく、被告会社の行為が軽油の製造・譲渡に該当することは明白であるから、弁護人の右主張は採用できない。

なお、被告人は、被告会社が譲渡したDAにはすべて灯油が混和されていた旨供述し、具体的には、御所工場では、タンクローリーで重油を運び込み、これをタンクに移し替えた後、灯油でタンクローリーの油槽を洗浄し、これをDAの原料となる重油に混入していた旨供述する。この点については、確かに、タンクローリーの運転に当たっていた関係者においても、これと同様の供述をしているから、事実と認めることができる。しかしながら、右は原料に灯油が混入していたというに過ぎず、混和課税に関する規定の適用の有無が問題となる余地はない。

また、被告人は、御所工場に重油を運び込んだタンクローリーの油槽を右のとおり灯油で洗浄し、これを抜き取って原料重油に混入した後、今度はこのタンクローリーでDAを運び出すに当たり、DAを注入する前に一度灯油を注入し、重油が残っていないかどうかを確認した後にDAを注入していた旨も供述する。しかしながら、後に述べるとおり、これがあるからといって、被告会社の行為を「混和して軽油を製造した場合」に該当するということはできないし、そもそも、被告人の右供述を前提としても、事前に注入される灯油の量は五〇リットル程度であり、タンクローリーで運搬されるDA全体の量が一四キロリットルであるから、右は、結果として、約〇・三六パーセントの灯油が製品に混入していたというに過ぎず、その量や混入の態様に照らしても、被告会社によるDA製品の製造・譲渡行為全体から見れば些末ともいえる右の点をことさらに取り上げて、被告会社の行為全体を混和行為であると主張するのは、極めて不適切で、不自然かつ強引な解釈といわざるを得ない。従って、右の点についても、混和課税に関する規定の適用の有無が問題となる余地はないというべきである。

次に、タンクローリーの運転手が作成した運転作業日報によってDA一三キロリットルに灯油一キロリットル、あるいはDA一二キロリットルに灯油二キロリットルを混ぜて出荷したと認められる場合(右混合の結果できた製品も地方税法上の軽油に該当することについては、既に述べたとおりである。)について考えると、確かに、製造されたDA(地方税法上の軽油)に灯油を混和した部分だけを取り出してみれば、混和課税に関する規定にいう混和行為に該当する、と考える余地もある。しかしながら、被告会社の行為は、重油に薬品を混入して攪拌、濾過した上、できた製品(DA)に、量を水増しするための灯油を、約七パーセントないし約一四パーセント混ぜて譲渡する、というものであり、これらの行為は、被告会社という同一の主体による、DA製品の製造から出荷までの一連の行為であるから、これを各工程ごとに切り離して評価することはできない。そして、右の行為を一体の行為として捉えた場合には、これを、混和課税に関する規定が予定したような「混和」という概念で評価しきることはできないというべきであるし、また、被告会社の行為が、右規定の想定するような行為類型に合致しないものであることも明白というべきである。

従って、被告会社の行為は、混和課税に関する規定における「混和」行為には該当せず、むしろ、軽油の製造・譲渡と評価すべきものであるから、製造課税に関する規定が適用され、同条項に基づく課税義務を負うと解するのが相当である。

なお、弁護人は、DAは、原油の蒸溜によって精製された課税対象である本来の軽油ではなく、単なる燃料炭化水素油に過ぎないから、製造課税に関する規定において課税対象となる軽油には該当しない旨主張する(弁護人作成の平成八年三月二六日付意見書八丁表)。しかしながら、地方税法における「軽油」の意義については、同法七〇〇条の二第一項一号及び同法施行令五六条によって明確に規定されているところであり、同法七〇〇条の四についてこれを別異に解釈すべき理由もないから、弁護人の右主張は独自の見解というほかなく、採用することはできない。

(量刑の理由)

本件は、被告会社の代表取締役である被告人が、石油製品の販売等を業とする同社の業務に関して、同社の経理担当者などとともに、軽油を製造、譲渡しながら、消防法上の許可申請においてその業務内容を偽るなどの軽油製造行為に対する隠匿工作を行った上、軽油引取税の申告納付をせず、これによって、同社にかかる軽油引取税合計五億四九九一万円余りをほ脱した、という事案である。

被告人は、被告会社の業務に関し、脱税を前提とした製品である、いわゆる「色抜き軽油」を、従来は他の製造業者から仕入れて石油製品販売業者に販売していたものの、製造業者との取引中止により、仕入ができなくなってしまったことから、自ら色抜き軽油を製造販売しようと考え、約一億円を投じて奈良県御所市に軽油製造工場を建設し、本件犯行に及んだものであり、その動機ないし経緯に酌量すべき事情は認められないし、むしろ、被告人は、色抜き軽油という製品が、その製造者が軽油引取税を納めないことを前提にしてはじめて経済的に商品として成り立つ性質のものであることを十分に知悉しながら、その製造、譲渡を開始し、利益を得ていたものであるから、右の業務は、脱税を前提とし、これを反復継続することで利益を得ようとする、いわば、脱税行為自身を業務内容としたものとでもいうべきであり、その業務の形態自身、強い非難を免れないものといわざるを得ない。

加えて、被告人は、他の会社関係者などともに、重油から軽油を製造し、脱税防止用の識別剤であるクマリンを除去するための研究、実験を重ね、多額の資金を投じて軽油製造工場を建設して大量の色抜き軽油を製造、譲渡していたもので、その犯行は、周到な準備のもとに、組織的かつ大規模に行われたものであり、犯情は悪質というべきである。

次に、本件犯行の結果をみると、そのほ脱額は合計で約五億四九〇〇万円という巨額に上っている一方で、これまで納付された税の額は、第三者納付分を含め、約一千万円に過ぎない。ただし、本件の軽油引取税に関するほ脱においては、法人税や所得税の場合と異なり、ほ脱額がそのまま納税義務者の利得になるというわけではない。既に述べたとおり、製造者は、軽油引取税をほ脱することで、軽油を安く供給できる、というメリットがあるに過ぎず、軽油を安く仕入れて高く売ることによるメリットは、もっぱら、色抜き軽油を仕入れる石油製品販売業者の側に帰することになる。従って、本件においても、被告会社が右のほ脱額全体について利得を得る、という関係にはない。しかしながら、被告人は、軽油引取税を上乗せしないことによって、色抜き軽油の値段を、正規の税額を納めた場合よりも安く設定することが可能となり、このことから、約一年半もの長期間にわたって軽油を製造販売し、現に相当の利益を得たものであるし、侵害される課税権の側からみれば、本件ほ脱行為により、右のほ脱額に相当する課税権が侵害されたことは否定できないところである。従って、被告人及び被告会社による利得の程度という点を考慮してもなお、本件は、その結果において、地方公共団体の課税権限を著しく侵害した、重大な犯罪と評価せざるを得ない。

しかも、被告人は、第一回公判において、公訴事実を認める陳述をしながら、その後の公判において、脱税の犯意、軽油製造に対する隠蔽工作の存在などをことごとく否定する供述に転じ、以後は、軽油引取税についての独自の見解を展開しながら、納税義務自身を否定する趣旨の主張を繰返し、被告会社に課せられた軽油引取税についても、これを納税する意思のないことを明確に述べている。確かに、被告人は、その一方において、最終陳述の中で、自分の逮捕勾留により従業員や取引先などに迷惑をかけたと反省し、二度と同様の行為には及ばないことを誓うとともに、軽油引取税についても、今後支払う意思がある旨の陳述を行っている。しかしながら、最終陳述の右部分は、被告人のそれまでの主張との関係が不明確で、何を反省し、いかなる理由で税金を支払うというのかが必ずしも明らかでない。むしろ、公判において、被告人及び弁護人が、被告会社の納税義務の存在自身を明確に否定する姿勢を示していることなどに照らせば、右の陳述を、被告人の真摯な反省態度から出たものと評価することは困難というべきである。

以上のような情状に鑑みれば、被告人が、捜査段階の途中から第一回公判までは事実を認めていたことや、被告人に懲役前科のないこと、前記のとおり、軽油取引税の一部が納付されていることなど、被告人に有利な情状を十分に考慮しても、被告人については、主文掲記の実刑を免れないものというべきである。

(求刑被告人に対し懲役三年、被告会社に対し罰金三〇〇〇万円)

よって、主文のとおり判決する。

(別紙)

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